もめなへむみ

歴史や経済ゲームを扱う場です。※このブログの内容は作者の個人的見解に基づくものである

連載【戦国時代型労働思想】⑭信長のブラック性と終わりに

 ここまで論じてきたように信長というのは、極めて過酷な主君であったことが言える。その元となったのはやはり前述したように兵農分離が原因であったといえる。そもそも武士というのは土地に根ざした集団であった。その土地が広ければ広いほど発言権が増し強大になっていくのである。しかし、その土地を全て信長のものとし家臣に支配を任せるのではなく、「預ける」信長の預治思想は藤田が「実際、信長の重臣クラスにおいてさえ、嫡子への相続は保障されていなかった」(藤田達生2010p180)と、いうように相続を前提としたものではなかった。武士の土地を否定し終世雇用を否定することは圧倒的に家臣の雇用の立場を弱くしたのである。

 

 

 今日、終身雇用というのはいたく槍玉に挙げられることが多い、その批判の声には代表的なものとしてこのようなものが挙げられる。曰く「働かなくても働いた人よりも同じだけ賃金が貰える終身雇用はおかしい優秀な人がきちんと評価される能力主義を導入しよう」と、しかしながら笠谷和比古は終身雇用のメリットとして以下の二点を挙げる。それは雇用の安定性と、成員の身分保障である。雇用の安定性は分かるとして、「成員の身分保障」とはなにか。笠谷は終身雇用は成員の身分保障という特徴があることから「上司や組織首脳部から命令や支指示がくだされている場合であっても、それに反して、現場の判断に基づいてより現実的で適切な措置を施したり、(中略)あるいは企業論理の観点から敢然と上部の指示に意義を申し立てるといったような思い切った行動は、実はこの終身雇用制のもっている「成員の身分保障」という機能によってこれまで支えられてきたのである。」(笠谷和比古2005p229)

 つまり、終身雇用というのは雇用者の立場を強くし、首になることを恐れず上下の枠を超えて能動的に活動できるというメリットがあるということである。それが、労働者のみならず使用者のほうにも得があるということは明らかである。

 しかしながら、信長の家中においてはこの「成員の身分保障」は否定されている。それは信長に意見をした信盛が追放されていることからも明らかである。このような労働環境の中ではその家臣たちは池上の言う通りに、過度な緊張状態に陥っていたのではないかということは容易に察せられることである。それはまさしく、ブラック大名といっても差し支えないものであると考えるのである。また、塚原英治はブラック企業の特徴として「低処遇・不安定雇用+広範な指揮命令権」(塚原英治2014p5)を挙げている。例えば正社員であれば使用者の命令権に基づいて残業を行わなければならないが、ブラック企業においてはパートやアルバイトにおいても使用者の命令権により、残業に従事させられるというのである。これは、兵農分離による不安定な雇用と信長の絶対的な命令権を想起させられるものである。

 以上のようにこれまで信長のブラック性を論じてきた。信長の家中においてはそれまでの武士の労働条件である「新恩給与」と「恩領安堵」を否定したばかりか、「終世雇用」すらも否定するものだった。武士は兵農分離により土地と切り離され不安定な雇用の立場に置かれ、職場である戦場は無期限に縦横無尽に繰り返され家臣は休む暇さえなかった。そして、それに不満を唱えれば謀反として追放されるか抹殺されたのである。以上のように信長というのはブラック大名であったと結論つけるのである。

終わりに

 本論では、過労死を防ぐための変わるべき「労働者」の規範として武士を挙げた。その中でも武士が従来、一般的に考えられているような「忠義」を大事にした存在ではなく我々一般人と変わらない功利的な思考をする労働者としての武士の側面を考察してきた。御恩と奉公の関係を主従の関係ではなく、労使の関係として捉え恩領安堵や新恩給与と恩領訴訟とでもいうべき訴える権利を満たすことによって始めて武士が労働者として定義づけられるとした。

 その主君との関係は極めて対等であって、例えば主君に対して、分国法の制定を促す六角氏の家臣などは、過労死を防ぐために模範とすべき労働者の鑑であったと言えるだろう。他にも大将の勤めとして、討ち死にしたものには何らかの特典でむくいるという当時の戦国大名の意識は、「見返りのない滅私奉公」を求めるブラック企業の経営者を戒める模範的な経営者であったともいえる。

 そして、それをせずに部下に過酷な労働を強いて独裁的にふるまった信長が本能寺の変に消えたことは、彼の政策の致命的な欠陥であったといえ、それは同じくブラック企業の欠陥であると言えるのではないかと考えるのである。例えば鎌倉幕府の特権的支配層は、自らの支持基盤である武士のニーズを無視し彼等から搾取することをやめなかった。故に多くの謀反を招き滅んだのではないか。これからも、労働者のニーズに応えることがいかに大事であるかを学べる好例であるとは言えないだろうか。

 しかしながら、本論では、三章ブラック大名織田家と題しながら他家との比較が不十分であると考えられる。これは、今後の課題として各国の戦国大名の軍事行動の時期やそれに伴う武士の負担、また、休暇などはどのようになっていたのかはこれからも一考に価する課題であると考える。上杉家を比較としてだしたが、そもそも豪雪地帯で稲作も不十分な地域と、今の名古屋の繁栄をうかがわせる豊かな尾張の軍事行動を同列に語るというのも如何なものかという批判もあると思う。また、現代のブラック企業とブラック大名との比較も不十分であったと考える。であるので、これらのことは今後のテーマとして考察していきたいという思いである。

 本論では戦国時代の武士の気性と行動を「戦国時代の武士道」として捉えなかった。題名にある通りにあくまで戦国時代の武士の気性と行動は「労働者意識」である。正直な話、戦国時代の武士の気性と行動をそれ以降の武士道とは全く違うが「違うだけで武士道は武士道」であると考えたほうが、よほど分かりやすく、また、楽であった。しかしながら、そもそも武士道という語が江戸時代に初めて出てきた言葉でもあるし、武士を労働者として考える本論からは、「武士道」の語は不適切であると考えたからだ。武士道というとどうしても武士特有の崇高な理念であるかのように想起させられるからだ。そうではなく、彼らも私たちとなんら変わらない労働者であることを何よりも強調したかったのである。また、武士の考えること全てが武士道とするのにも違和感があった。そのような考えの下で、本論では武士から忠義を切り離して考えることにある程度成功したのではと考える。